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管理人の自己紹介

管理人自己紹介

愛知県名古屋市出身、在住。名古屋にある某大学の文学部英文学科在籍中の1996年5月より1997年2月まで、本格的な語学力を身につける為にイギリス南東部のEastbourneという街の語学学校へ留学。留学の成果として、Cambridge大学英語検定試験のF.C.E.(First Certificate in English)に合格。帰国後、2002年6月に受験したTOEICは795点のB判定。

一方、イギリスに着いた初日にFAカップ決勝(Manchester UnitedとLiverpoolの対戦となり、Cantonaの決勝ゴールでMan.Uが優勝を、その後Englandで開催された欧州選手権(Euro96)をそれぞれTV観戦し、ヨーロピアンフットボールの真髄に触れ、地元Englandのにわかファンになる。

以後、本場のFootballの世界に心酔。ただし、Premier Leagueへの興味は一通りの知識を得たことで満足していまい、試合を観戦しに行こうとも思わず、BBCのMOTD(Match of the Day、当時の解説を務めていたのが、グランパスにもいた引退後のLinekerやAston Villaの元監督のO'Learyでした)を見ていた程度でそのまま帰国してしまった大ばか者。(Liverpoolに行ったことはあるが、The Beatlesが目当てで遊びに行っただけ)

しかし、帰国後に在英中から気になっていたMiddlesbroughを応援するようになり、今ではJリーグ(名古屋グランパスエイト)は二の次になるほどの思い入れである。

現在は名古屋市内でサラリーマン生活を続ける一方で、帰宅後にB.C.S.(Boro's Card Site)を運営。

夢は、スカパーでBoro戦の解説を務める事。(思いっきりBoro寄りの解説をしたい)それから、お金と時間に余裕ができたら、現地に試合を見に行きたい。後は、地元のトヨタスタジアムでBoroとグランパス戦が見れたら言う事なし。(まずBoroはアジアツアーとかやらないだろうな…)

管理人のFootballの出会い

Jリーグがスタートし、地元名古屋にグランパスエイトの発足後、Jリーグのプレ大会として行われたナビスコカップよりプロフットボールの世界に興味をもった。この大会で今でも覚えているのが、小倉選手のオーバヘッドのゴール。

グランパスはその後低迷を続けたが、オランダ人のヒディング監督に新監督就任要請を断られた後に、現在はArsenalで指揮を執るベンゲル監督が新しい監督に就任し、旧ユーゴの至宝ストイコビッチ(ピクシー)を中心とした見事なまでの組織サッカーに魅せられる。残念なのは、俄然優勝候補に挙げられた96年シーズンの大半をイギリスで過ごしていた為、試合を見ることができなかったことである。自称一番不幸なグランパスファン。

しかし、管理人が真のFootballというものを目の当たりにしたのは、英語を勉強する目的でイギリスに留学した時に見た96年の欧州選手権(Euro96)だったと言える。生で見ることはできなかったが、レベルの高いヨーロッパのFootballを予選から決勝までTVにかじりつくように観戦。それまでヨーロッパのどこかの国を応援した事がないため、地元England開催ということも手伝って、必然的にEnglandを応援する事になった。(街のスポーツショップでUMBRO製EnglandのTシャツやユニフォームを購入もした。)

その後、グランパスの指揮を執っていたはずのベンゲル監督に、当時England代表監督であったHoddleがテクニカルディレクター就任の要請を出したと言う記事を、ホームステイ先の新聞(Daily Telegraph)で目にし驚く。その後、成績不振であったRioch監督を解任したArsenalが新監督候補としてベンゲルにオファーを出したと言う記事も掲載され、またびっくり。

(左に掲載している記事が当時の新聞の切抜きを残していたもの)

そして、なんとベンゲルが契約期間中だったグランパスを辞めて、Englandにやって来ると発表された時にはとてもショックだったが、自分を追うように渡英してくるベンゲル監督と自分の間に浅からぬ縁があるのではないかとかってに思っていた。

(以下、左の記事の翻訳)

『Asenal、Wengerを狙う』

Arsenalは、Johan CruyffがHighburyへ向かう事はないと昨晩主張した為、彼らの注意をフランスのArsenal Wengerに変えた。

Barcelona時代には年俸が120万ポンドだったCruyffのサラリーの要求とBarcelonaへの訴訟問題が、月曜日に解雇されたBruce Riochの後任となるためのオファーを受ける障害となっている。

不当に解雇されたと主張しているCruyffは、Barcelonaに対し、残されていたはずの契約期間分の給料を支払うよう要求している。この訴訟は来月初旬に予定されている。

名古屋グランパスエイトの監督であるWengerと現在のクラブの契約は少なくとも1ヶ月は残っており、(実際は翌年の1月末日まで)昨晩Northamptonでの親善試合に1-3で敗れたArsenalは、Stewart HoustonとPat Riceを暫定監督に任命すると見られる。

監督就任に際し、Wengerは何人かの選手をロンドンに連れて行きたいと指名したと思われる。その中にはAC Milanに所属するストライカーのPatrick Vieiraも含まれている。(Vieiraは実際は中盤の選手なので、誤報かと思われる)

Arsenalの副チェアマンであるDavid DeinはWenger監督を常に高く評価していた。このフランス人は流暢な英語を話し、人事についてはDeinやマネージングダイレクターのKen Friarといったクラブ任せで構わないというコンティネンタルスタイル(コンティネンタル=ヨーロッパ大陸の意。いわゆる他のヨーロッパ諸国のリーグの監督流)の監督である。

一方、解雇されたRioch前監督は残されていた3年間の契約(トータルで約50万ポンド)に対する補償金について合意したと見られている。

(1996年8月14日、Daily Telegraphの記事)

管理人とBoroとの出会い

留学当時はプレミアシップについての知識に乏しく、留学生活を通して新聞や雑誌、TV番組などから知識を吸収。そんな中、私の知っていた選手といえば、AsenalのBergkamp、Manchester UnitedのCantonaとか…その他、知っている選手が2人いたチームがあった。その選手の名前は、JuninhoRavanelli(2人ともトヨタカップで来日した事がある)であり、そのチームがBoro(Middlesbrough)だった。

(左の画像が96-97シーズン開幕時に新聞に特集された記事の切り抜き)

その後、このビッグネーム2人を擁しながら、チームは低迷している事が判明。なぜあの2人がいて勝てないんだろう、どんなチームなのかな?と気になるチームとなった。

しかし気にはなったが、在英中には応援するということはなく、ただ動向を見守っていただけで、今はそのことをとても後悔している。

しかし、帰国後に残念ながらBoroが降格していたこと、2つの国内カップの決勝戦まで進みながらどちらも負けてしまっていたことを知り、その悲劇的なシーズンに同情。これまで以上にチームに興味を持ち、それまで特に贔屓のチームは無かったが、これを機会にこのチームを応援してみようと決意。(自身の性格からして、いわゆる強豪チームの応援には興味がなく、苦しみながら努力して戦っているチームが好きになることが影響)現在に至る。

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